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St..Valentine's Day Massacre (セント・ヴァレンタイン・デイの虐殺) 其の壱

2月14日はセント・ヴァレンタイン・デイです。
日本では伊勢丹と森永製菓が組んで金を儲ける為にチョコレートの日に成っちゃいました。

僕はメキシコに住んでますからel día San
Valentínには花を奥さんとか、お友だちとかビリヤード場の店員の女の子とか色んな女の人にあげます。

メキシコでは基本、『男から女に薔薇の花』みたいです。チョコレートは関係無いです。

僕は小学校高学年と中学3年間はけっこう貰いました。学年でチョコゲット数ベスト3に入ってましたが、甘い物はあまり好きじゃないので中1の時まではチョコを2歳上の姉ちゃんに全部あげちゃいました。

チョコより柿の種とかチップスとか酒のツマミに成るような物の方が好きだったのですが、そうも言えませんから、中1の時に隣の席のミエコさんに、こう言ってみたんです。

「僕はバッカスとかお酒が入ってるチョコが好きだから来年からは、それにして」と言ったらミエコさんがみんなに伝達して翌年からはみんなバッカスとかラミーにしてくれるように成りました。

バッカスは好きなので姉ちゃんにあげないで1人で食べてたら、右腕をグー👊でぶたれて「半分寄越しなさいよね」とか言って
40個くらい取られました。紙袋の中に80個くらいありました。
お陰で虫歯で歯がボロボロに成りました。

僕はお母さんの遺伝で歯が弱いんです。
姉ちゃんはお父さんの遺伝なのか歯も筋肉も強いし色もそんなに白く無くて黄色人種です。
僕はお母さんに似て色が白かったので子どもの頃はハーフと良く間違えられました。

高校は男子高だったからチョコは無くなりました。
でも、モデルガンとかプレゼントしてくれたなら嬉しかったけど、中学の時にチョコを貰った事は、そんなに嬉しく無かったです。
お陰で、虫歯だらけに成って歯医者さんで痛い思いをしたから、当時はちょっと嫌でした。
あると食べちゃうんです。バッカスとラミーは好きだったので姉ちゃんには半分しかあげないで、自分であとの40個くらい食べちゃってました。

僕は意志が弱いから、あると食べちゃうんです。

しかし、そんな日本のチョコレート屋の陰謀みたいな下らない習慣はどうだっていいんです。
セント・ヴァレンタイン・デイと言えば、僕にとっては『セント・ヴァレンタイン・デイの虐殺』しか無い訳です。

1929年にギャングのメッカと言いますか、聖地であるイリノイ州のシカゴで起きた事件です。

アルフォンソ・カポーン(イタリア語読みカポネ)親分のカポーン1家を中心とする北部同盟とバッグス・モラン組長のモラン1家を中心とする南部連合との幾度かの抗争事件に決着を付けてアル・カポネがシカゴ全域を支配する事に成った一撃必殺の攻撃でした。

それまではモラン1家が度々カポネのタマを取ろうとヒットマンを差し向けたりするなど、押し気味でやや優勢だった訳です。

カポネは一挙に組長のモラン以下の幹部を殲滅してカタを付けようと考えて幹部のジャック・マックガーンと策を練りました。
罠を掛けて鏖(みなごろし)にしようとした訳です。

マックガーンはアイディアを出しました。
モラン1家に手打ち取り引きを持ち掛ける事にしようと、「このままじゃ共倒れだ。両方ともサツに潰されちまうぜ。今までの事は水に流して手打ちにしねえか?縄張りを分け合ってケンカを止めて、商売に精を出した方がいいじゃねえか?手打ちの証(しるし)に俺らが奪った酒を進呈するから、この話受けてくんねえか?ケンカを止めにしてえんだ、俺は」と言うカポネからの伝言をモラン組長の幹部に伝えた訳です。

「分かったぜ、実を言うと俺も同じ気持ちだったんだ。殺されたりパクられたりで、どんどん子分が居なくなっちまう。このままじゃ両方ともサツに潰されちまうからな。分かった手打ちにしようじゃねえか」

モランは掛かりました。
禁酒法の時代ですから当時の密造酒ビジネスは現代の麻薬取り引きのような大きなシノギだったのでしょう。

カポネは同盟関係にあったデトロイトのパープル・ギャングの1家にも話を通して応援を頼みました。
1流の射ち手を揃える必要があったので、腕の立つヒットマンを借りた訳です。

どこの組織でも腕が確かで、度胸も座っている1流の射ち手の数は限られていましたから自分の1家内の殺し屋だけでは数が足りないと思ってカポネはデトロイトの兄弟分に応援を頼んだ訳です。

実行部隊の編成はカポネの用心棒のフレッド・バークを指揮官に、ジヨン・スカリーゼ、アルバート・アンセルミ、ジョゼフ・ロロルドのカポネ1家の組員とデトロイトから借りたキューウェル兄弟の6人と言われていますが、カポネ1家のトニー・アッカルドとサム・ジアンカーナも参加して8人だったと考える研究者の方も居ます。

偽パトカーを用意してヒットマンたちに警官の制服を着させて警察の手入れを装(よそお)って油断させて殲滅する計画でした。
相手を信用させる為に、本当に密造酒を用意してモラン1家の事務所に運ばせました。

モラン1家の事務所がありましたSMC運送会社の倉庫にカポネの1味が酒を届けました。

モラン組の組員が酒を倉庫の中に運んだ時には倉庫内には堅気の人を含めて6人居ました。そこへ、たまたま通り掛かった眼鏡屋のラインハルト・シュヴィマーが入って来て組員と話をしていました。

そこへ偽警官の暗殺部隊が来て全員に壁に並ぶように言った訳です。
7人は素直に従いました。
暗殺隊はトンプソン・サブマシンガンで問答無用で撃ちまくりました。

オフィスレディがタイプライターを打つようにシカゴのギャングたちが撃ちまくったと言うので『シカゴ・タイプライター』と言う渾名が付いたサブマシンガンです。

米軍の制式拳銃であるコルトM1911A1自動拳銃の使用弾薬である.45ACP実包を使用する全/半自動切り替え式のSMG(短機関銃)で後に米軍に制式採用されて第2次世界大戦を戦った優秀な銃です。

テレビドラマ『カンバット!』でヴィック・モローさんが演じたチップ・サンダース三等軍曹が持っていたトミーガンです。
サンダース軍曹はM1928を持っていました。

カポネ1家の方たちが使用したのはM1921かと思うのですが、もしかしたら最新モデルのM1928だったかも知れません。
いずれにしろ、放熱フィンとカッツ・コンペンセイターがバレルに付いたモデルである事は間違いないです。
時期的に言ってまだM1A1は作られていません。

30連のボックスマガジンを使ったと思ったら写真などで見ましたら72連発のドラムマガジンを使ったみたいです。

壁に並ばせて7人に対してトミーガン6丁から180発近くの強力な.45ACP弾を発砲したと言う事らしいですから、『一方的な虐殺』(と言うより『屠殺』?)でした。

侵入してから屠殺完了して引き揚げるまで8分と言う見事な手際でした。

ガイ者は以下の方たちです。

モラン組の副組長のジェームス・クラークことアルバート・カチェレックさん

モラン組幹部で経理面を担当していたアダム・ヘイヤーさん

モラン組の殺し屋のピーター・グーゼンバーグさん(ドイツ系)

ピーターさんの弟で同じくモラン組のヒットマンだったフランク・グーゼンバーグさん

モラン組のオートモービルを出張修理する為に災難に巻き込まれた自動車修理工のジョニー・メイさん

モラン組の密造酒やナンバー賭博の顧客で組関係者と親しかったクリーニング店店主のアルバート・ウエインシャンクさん

同じくモラン組の顧客で組員と親しかった眼鏡店店主のラインハルト・シュヴィマーさん(ドイツ系)

以上の方たちがリバー・オブ・ザ・サンズ(三途の川)を渡りました。

ドイツ語で『泳ぐ人』の意味の名字を持つ、眼鏡屋のシュヴィマーさんは名前でも分かるようにドイツ系の方です。

本物の警官隊が駆けつけた時には、他の6人の方たちは既に事切れていましたが、フランク・グーゼンバーグさんだけは意識があり病院に搬送される時に「カポネの所の奴らにやられた、警官に変装してやがった、いきなりトミーガンをブッ放しやがった、手打ちの約束を破って罠をかけやがった、カポネは仁義を知らない汚え野郎だ、イタ公どもは汚ねえ」と警官や救急隊員に言った事が新聞に載った為にカポネの評判はガタ落ちに成りました。

フランク・グーゼンバーグさんは病院に搬送されてから3時間後に川を渡られました。
川の渡し賃は25セント硬貨6枚ですから1ドル50です。

警察はカポネ1家を徹底的に調べました
(?かどうか?疑問もあります)がカポネはフロリダに旅行中のアリバイがあり、その他の者にもアリバイがあったり、証拠不充分で警察、検察側の完敗に終わりました。

別件でしょっ引いた者で、別のヤマで別荘に送った人も居ましたが、このヤマについては立件出来ませんでした。

この事件に関与されましたカポネ組の方たちは誰1人として、(このヤマでは)ム所に行く事無く天下の往来を堂々と歩きました。

やられた側の親分のモランはどうしてたのかと言いますと、モランは取り引きの約束の日に親分としての貫禄を示す為にワザと5分遅刻して行く事にした所、自分の事務所の前にパトカーが停まって居たので手入れと思って手下のマークスとニューベリーと共に逃げて事なきを得た訳です。

しかし、この事件で副組長と帳簿係を務めて居た経済面のトップの幹部と戦闘部隊の指揮官及び腕の良い殺し屋を失ってしまったモラン組はカポネ組に逆らう力が無くなって縄張りを奪われて組は潰れました。
引退を迫られて堅気に成ったバッグス・モランは1957年に亡くなりました。

この事件から我々が得られる教訓は何かと言いますと、僕の考えでは、政府が酒やタバコ、ポーノ・グラフィとかモデルガンなどの個人の趣味・趣向を取り締まる事は暴力団の資金源に成る、と言う事と勝負には綺麗事を言って甘い考えの方が負けて、なり振り構わずに仁義もクソも無い方が勝ったと言う事が僕たちが覚えて置くべき点だと思う訳です。

庶民と言う物は聖人君子ではありませんから、酒やタバコやポルノなどの息抜きの娯楽の趣向品が必要な訳です。
それを国家権力で取り締まれば、庶民の側は抑圧されて欲望がますます高まり需要が高まりますから非合法の御禁制品でも買う訳です。

品数が少なければ需要と供給の経済原理から値段は上がります。
さらに御禁制品ですから、品物を取り扱う業者の暴力団の方たちは官憲に逮捕されるリスクを犯して商売をする物ですから危険リスク代をまた値段に上乗せする訳です。
だから、馬鹿な政府のバカな法律が暴力団の資金源を作り、抗争事件を起こさせたと言える訳です。
禁酒法がなければ、この事件は起きていませんでした。

もう1点は、昔堅気な本田仁介会長の本田会(のちの大日本平和会)とゴロツキ朝●ヤクザの三代目山口組の例を見ればハッキリ分かります。
『正業を持つ事が実子分に成る条件』とした本田会長の『昔堅気の任俠道』を社風(組風?)とした本田会は二代目大日本平和会の時には、かつては七千人以上の構成員数を誇った組織が100人程度まで減って遂に解散しました。

一方の山口組は柳川組や小田秀組などの●鮮ヤクザが仁義もクソもないやり方で各地に攻め込んでカポネ式に手段を選ばない形で日本のヤクザたちを屈服させて1万人の構成員数を四代目の竹中の時には最盛期3万人の大組織にまで太らせました。

イタリアヤクザのカポネも朝●ヤクザの山口組も『勝ちゃ正義』と言うサツマ式マキャベリズムを持っていたから勝ったのだと思う訳です。

ちなみにカポネはイタリア系と言うコンプレックスからアメリカ市民である事を常々強調して『自分の名前はカポネではなくてカポーンだ、アメリカ式にカポーンと発音してくれ』などと警察官や裁判官に頼んでいましたがヤクザ物の言う事など聞く耳は持ちませんから裁判官に「許可なくしゃべるなカポネ、いいから座れカポネ、それではイタリア人ヤクザのカポネの罪状認否を進める」などと言われていたらしいです。

ドイツ系の組員が多いモラン組では組員たちがホットドッグなどを食べていたのにカポネ1家の組員どもはスパゲティばかり食べていました。山口組の組員が朝●焼肉が好きなのと良く似ています。

ちなみに広島共政会の沖本組の組員はお好み焼きが好きみたいです。

広島の『お好み焼き』は美味しいです。

広島のお好み焼きが『本家お好み焼き』で、大阪のお好み焼きは『大阪焼き』もしくは『大阪風お好み焼き』または『大阪人ども
が食べる、お好み焼きに似た何かヘンな食べ物』です。言葉は正しく使いましょう。

それを間違えて広島のお好み焼きの事を『広島焼き』などと言う失礼な言い方をする人がいますがそう言う事は良くないので気を付けて下さい。

広島で『広島焼き』などと言ったら下手したら撃たれますから気を付けて下さい。

第1部(完)
第2部に続きます。

※写真がカポネですが、モミアゲの感じとか目の感じが広島共政会四代目会長の沖本勲さんに良く似ています。
沖本さんも山口英弘さんの盃を貰う前の愚連隊時代には半端じゃなくケンカが強かったらしいです。

大西政寛さんにしろ、沖本勲さんにしろ、沖本さんの親分の山口さんにしろ、童顔で可愛い感じの顔の人でメチャクチャ鬼みたいにケンカが強い人が多いのは何故だか理由は分かりませんが、ケンカを売った相手の人たちにしてみたら迷惑な話だったと思います。


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