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桜田門外の変(1860年3月24日)、尽忠報国の士、水戸浪士隊の斬り込み (5)

川西忠左衛門は右手を失いながらも左手の脇差しで駕籠に肉薄しようとした稲田重蔵の額に斬りつけました。稲田重蔵は頭を断ち切られ前頭部から斬り下げられて倒れましたが重傷に屈せずに駕籠ににじり寄って大刀を駕籠に突き刺しました。地上に倒れた川西忠左衛門の体を飛び越えて次の刺客の海後嵯磯之助が柄元まで深々と駕籠を突き刺しました。川西忠左衛門は全身膾(なます)のように切り刻まれて死にました。「奸賊を引きずり出せ」浪士...

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桜田門外の変(1860年3月24日)、尽忠報国の士、水戸浪士隊の斬り込み (4)

駕籠舁き(かごかき)は井伊家に雇われた民間人の使用人だから武士では無いので井伊直弼に忠義立てして死ぬ義理は無いから、駕籠を地上に放り出して逃げてしまいました。地上に放り出された駕籠の中では天下の大老井伊直弼が顔面蒼白に成り震えていた訳です。駕籠を目指して白鉢巻きに白襷の水戸浪士隊が眦(まなじり)を決して殺到して来ました。尊王討奸、一死報国の水戸浪士隊の人たちは一死を以て奸賊を討つ決死の覚悟で斬り込んで来た...

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桜田門外の変(1860年3月24日)、尽忠報国の士、水戸浪士隊の斬り込み (3)

「控えいっ!直訴は御法度であるぞっ!しかるべき筋を通して申し出よ!」直訴と思った供頭日下部三郎衛門が叱責しましたところ...「井伊様家中の御行列と存じ奉(たてまつ)りまして、たってのお願いに御座います。何卒(なにとぞ)お取り次ぎくださいませ」日下部三郎衛門の叱責にも関わらず武士は奉書のような物を掲げて近寄って来ました。井伊家の護衛陣は直訴と思って誰も刺客と思わなかった訳です。実に上手い接近の仕方で隊列の足を...

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桜田門外の変(1860年3月24日)、尽忠報国の士、水戸浪士隊の斬り込み (2)

天下の大老井伊直弼の登城行列に斬り込みを掛ける者など居る訳が無いと言う先入主が井伊家家中の者どもにあった訳です。万が一、刺客が斬り込んで来ても一騎当千の遣い手を揃えた『井伊の赤備え』と呼ばれる鉄壁の護衛陣に拠って鎧袖一触に斬り捨てると言う自信が慢心の傲りに成っていた訳です。その自信と傲りが警護の態勢に緩みを生じさせていた事に誰も気が付か無かったみたいです。供廻りの護衛陣は刀が雪に濡れるのを嫌って柄(つ...

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桜田門外の変(1860年3月24日)、尽忠報国の士、水戸浪士隊の斬り込み (1)

今から180年前の万延(まんえん)元年3月3日は新暦で言いますと1860年の3月24日だそうです。この日は前夜から降り始めた雪で江戸の町は白銀の雪景色だったそうでございます。3月末の大雪は稀有な事です。天が水戸浪士隊に味方したのではないかと思います。雪は朝に成っても止む気配を見せず益々激しさを増したとの事です。2.26事件の時は2月ですから雪の降る時期ですけど『桜田門外の変』の水戸浪士隊の斬り込みの時は3月末の大...

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